深い森の洋館で広がる幻想的な官能世界
人生に絶望する中年女性が見つけた”永遠の愛”とは?
最愛の一人息子を失い、30年間連れ添った夫と離婚。
生きる希望を喪失した「あなた」は深い森の中に佇む洋館を訪れる。
特別な時間が流れるその館で、「あなた」は艶やかな洋服を身に纏い、若く美しい男たちとの情交を重ねてゆくのだった。
愛の原点を描き抜くファンジック・ホラー、待望の改訂刊行!
歳を重ねるたび、女は美しく妖艶になる……。
判型:四六判上製
定価:本体1,600円+税
ページ数:256ページ
発売日:絶賛発売中!
ISBN:978-4-86113-413-5
大石 圭(おおいし・けい)
1961年 東京生まれ。1993年、「履き忘れたもう片方の靴」(河出書房新社)で、第30回文藝賞佳作受賞。
主な作品は、「アンダー・ユア・ヘッド」(角川ホラー文庫)、「殺人勤務医」(角川ホラー文庫)、
「飼育する男」(角川ホラー文庫)などがある。映画化作品としては「湘南人肉医」、「1303号室」(河出書房新社)
などがある。
離婚して十日目に、あなたはここを訪れた。
とても暑い、夏の午後。
身のまわりのわずかな持ち物だけをスーツケースに詰めて。ここで、目的のない残りの人生を終えるために。
風の噂に聞いた森の中の館。ヨーロッパの古いホテルを模して造られた洋館。あなたのような女性が何人もここを訪れる。まるで逃げ込むように。
ここには、ずっと昔に彼女たちが失くしたものがあるという。ここでなら、ずっと昔に失くしてしまったものを見つけることができるという。
深い森に包まれてひっそりと佇む建物。その前にあなたは立つ。
生暖かく湿った風が短く切り揃えたあなたの髪を揺らしていく。あなたは不安げに辺りを見まわす。建物からは物音ひとつしない。ただ鳥の声が時折静寂を破るだけ。
あなたが入館するにあたって、もちろん私たちは審査をさせていただいた。あなたがこの館にふさわしい女性であるかどうかを。だから心配はいりません。あなたは、ぜひおいでいただきたかった女性です。私はあなたをずっと待っていました。
ようこそ、私の館に。
建物の前に続く石畳の小径を、あなたはゆっくりと歩いて来る。流行遅れの地味なスーツ。手には小さなスーツケース。めったに履かないパンプスの踵が、苔むした不揃いの石畳にグラグラと揺れて歩きにくい。少しよろける。
ドアボーイが歩いて来るあなたに気づいて駆け寄る。
「いらっしゃいませ、奥様、お待ちしておりました」
あなたはドアボーイの顔を見る。まだ初々しさの残る少年のような顔立ち。真っ白な歯を覗かせてあなたに笑い掛ける。あなたは彼から目を逸らそうとして、また見つめる。
どうです、美しいでしょう? 私の館で働く者たちは誰も、若く美しいのです。
ドアボーイに先導されてあなたは建物に入る。吹き抜けのエントランスホール。
高い天井。乾いた空気が全身に浮いた汗を一瞬にして乾かす。
磨きあげられた乳白色の床に、天井のシャンデリアからの照明が反射してとても明るい。あなたのヒールのたてる硬い音が、静かな建物の中に響く。
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